誰にでも必ずやってくる、『仕事を辞めた~い!』という日。
原因は様々でしょうし、辞めたいレベルも人それぞれでしょう。
今回は、辞める決断をする前にあなたの『辞めたいレベル』が確認できる回にしたいと思います。

私が初めて『仕事を辞めた時』
それは、中学を卒業すると同時にお世話になった美容院でした。
家があまり裕福ではなかった事と、集団行動が苦手なこともあり、
高校進学には全くと言っていいほど、興味がなかったんです。
進学しても、すぐ辞めてしまう自信がありました 笑
ちなみに、成績は良かったので、公立でも受かってたハズ!! 笑
話しを戻します。。。
それなら、いっそのこと働いて、自分で自由になるお金を稼いだ方が、
楽しそうだろう、とも思っていました。
『自由を手に入れる』代わりに、私は働くという『責任』を選んだんです。
そんな気持ちもあって、担任と相談をしながら応募する会社を決めていくことに。
何社か候補を出してもらって、その情報を見ていると、
1年前に転校してきた私が、前に住んでいた街の募集を見つけました。
良くも悪くも、長く住んで育った街。思い出が蘇ります。
『先生、ここにします!!』 即決でしたね 笑
その美容院は全寮制ということで、実家から離れられる希望の光✨が、
馬の目の前にぶら下がっている『にんじん』のようでした。


ですが先生は心配顔。
それもそのはず、ベビーラッシュ世代の私。
少子化の現在では想像もできないと思いますが、中学1年生のとき、
MAX45人のクラスが16クラスもありましたからね。
3学年で1500人を超える、マンモス校でした。
そして当時、『中卒女子には美容師見習い』の、道しかなく、
ヤンキー全盛期でもありましたので(笑)、競争率が高かったようです。
面接の練習をたくさん、させられました。
そもそも、働くことを決めた時、美容師になりたかった訳ではなく、
『他に選択肢が無かったから』 という志望動機なので、
あまり真剣みは無かったと思います。
受験を控えてピリピリしているクラスメイトを横目に、就職組の友人と遊んでばかりいました。
そんなある日、職員室に呼ばれて行ってみると、先生から渡される一通の封筒。
差出人は、私が応募していた美容院でした。
『面談の日が決まったのかな?』と思いながら開封すると、
なんと!!
『採用通知』!!!!
『え?会ってもないけど?そんな感じで良いの?』
。。。ということで、あっさり就職先が決まったのでした。

社会人初日
採用が決まってすぐ、社長である先生(美容業界ではこう呼ぶ)から母に挨拶の電話があったきりで数か月後、初顔合わせの入寮日を迎えました。
初めて会う人たちばかりの中、同期5人の中に、転校前の学校で顔見知りだった子がいて、少し安心したのを覚えています。
食事は朝晩、当番制で作ることや、給料の半分が食費込みの寮費、更に残りの半分を貯金に回すことなどの説明があり、社会人としての初日を迎えたのでした。
同期の話しでは、他のメンバーは職場体験などをしていたようで、私とは、先輩たちとの距離感が違う気もしましたが、今からでは何もできず、翌日から勤務がスタートしたのです。
新人は、1か月ごとに3店舗をローテーション勤務することになっていて、
私が最初にお世話になったお店は、本店の目の前、寮のすぐ横にあり若い人向けの美容室。
20代後半の男性が店長で、同じ年くらいの寮長と2人だけでした。
最初の1週間は掃除と洗濯、お客様がいない時間があればシャンプーのやり方を教わるくらいでした。
朝5:30から12人分の朝食を作り、お昼は食パンをそのまま食べるだけの15分休憩。
閉店する19時まで、座ることなく働いていました。
今なら完全に『労働基準』に違反してそうですが(笑)

1か月ほどすると、一人前にシャンプーもできるようになり、次の段階に。
パーマ用のロットを巻く練習が日課となりました。
首から上だけ💦のマネキンに、決まった太さ・本数を巻いていきます。
場所と本数が、どうにも上手くおさまらない・・・しかも制限時間付き。
毎日、夜中まで練習をするように言われ、睡眠時間は2~3時間になりました。
勤務中も、いつの間にか立ったまま夢を見ていたり。。。笑
お店のお休みは週に1日だけ。
電車で3駅の実家に帰るんですが、ほとんど寝に行くような状態でした。

そんなハードな毎日の中、楽しみだった事があります。
毎週金曜日の夕方には、職業訓練校へ先生の車で送ってもらい、約2時間は学生気分に戻っていました。
理容・美容の新人ばかりが、およそ30人。16歳から23歳位までのクラスメイトです。
男女混合だったので、新鮮で楽しかったですね🎵
見習い時代の、たったひとつの楽しかった思い出です。
このあと、この職業訓練校で彼ができて、遊ぶ事を覚えて問題になったり、
ストレスからか、勤務中に突然涙が止まらなくなってしまったり・・・
ここまでも結構きつかったのですが、一番衝撃だった事がありました。
先輩の名前がある日突然、変わるのです!!
『今日から私のことは〇〇さんって呼んでね』って。
同期たちと首をかしげていると、年の近い先輩がこっそりと教えてくれました。
『先生の亡くなった奥様がね、すごく信頼していた占い師の人がいて、今でもその人に何でも相談してるみたい。
それで『あなたは明日から〇〇と名乗りなさい』って言われたんだって。
私たちの部屋割りとか、採用する子もその人の言いなりみたいよ。
あ~今度〇〇さんと〇〇さんが(二人とも先輩)結婚して先生の跡継ぎになるんだって。』
私たちは絶句してしまいました。
私たちも年頃の女の子。占いも大好きです。でも・・・
でもですよ?
名前を勝手に変えられたり、結婚相手を決められたり、将来がかかっている就職先を占いで決めていたなんて。。。
先輩たちは皆、地方出身者で『親元に帰ることも、もうない』と口を揃えて言います。
『帰りたいけど、帰れない。あなたたちは毎週帰れて良いわね』と言われたこともあります。
子供心に、『それって、帰れないように仕向けられてない?』と思いました。
『自由』を求めて就職したのに、このままここにいては、占い師にどうにかされてしまう。

ここを辞める為には、どうしたら良いか考えました。
自分から辞めたいと言っても、周りが許さないだろう。
それなら問題を起こしてクビになろう。
次の日からは、ベランダにわざと見つかるように灰皿を置いたり、
近所で知り合った同年代の男子たちと、大声でさわいでみたり。。。
思った通り、1週間ほどで退職を言い渡され、恩着せがましく『自己退社にしておくから』
ということになり、脱出に成功したのは15歳の秋でした。

これが、私が初めて会社を辞めた時の話しです。
仕事を辞めて実家に戻っても、この出来事は話しませんでした。
『私には無理でした。ごめんなさい。』としか言えなかったのです。
5年後、子供が生まれて少し母との距離が近づいたタイミングで、
『実は、こんな所だったんだよ。』と話した記憶がありますが、
『何でその時言わなかったの』と、驚いていました。
もし、その時に言ったとしても、『言い訳するな』と言われるのが分かってたから。
話すことができて、やっと、当時の自分が許されたような気もしました。

皆さんが仕事を辞めたいのは、どんな理由ですか?
自分が壊れてしまうようなひどい職場なら、すぐに次の仕事を探しましょう。
世の中は広いです。その会社だけがすべてではありません。
私は『一生に一度の貴重な新卒』という立場を、こうして捨ててしまったわけですが、
今は時代が変わりました。
色々な経験をスキルアップに繋げて、自分らしく生きていける仕事を探しましょう。
経験する事に、ムダなことは一つもないと私は思います。
ただ、後悔しないために、考え方の方向を間違えないでくださいね。
今の経験を、『スキルが一つ増えた🎵』と思えたらこっちのもんです。
『面接のない会社は怪しい!』笑
いえ、美容の基礎も教えてもらえましたし、色んな人がいる事も勉強になりました。
私は、仕事を辞めたいと思った時、5段階に分けて考えます。
Lv1 嫌な事があった
Lv2 嫌い・苦手な人がいる
Lv3 仕事内容が嫌い・耐えられない
Lv4 このまま続けると自分が自分でなくなってしまう、と感じる
Lv5 体が出社を拒否する
辞めたいレベル別、タニシ流対処法
Lv1 一晩寝ると、忘れるので問題なし。
Lv2 その人よりも仕事ができるようになって、見返してやろう、と思う。
Lv3 上司や周りに相談してみる。
Lv4 次の仕事を探しながら、いつでも辞められる状況を作る。
Lv5 辞める意思を会社に伝える。

そういえば、母に話した頃、地元で偶然同期に会ったことがありました。
私が辞めた後、同期は全員辞めて、数年のうちに先生も亡くなり、お店も閉店したそうです。
そこまでは、占いでも分からなかったんでしょうね。。。

が、お送りしました。 最後まで読んでくださってありがとうございます☆
【次回予告】
『優先順位が勝敗を分ける!』です
お楽しみに🎵 See You (*^-^*)








