【シリーズ・100人に仕事を教える派遣社員④】 ~現場を回すのは空気だった ~

第3章では、仕上げ工程から、老夫婦の跡継ぎへと異動し、仕組み化を進めました。

1年が経ち、工程がやっと安定しホッとしたのも束の間、今度は下のフロアが人手不足なので応援に来て欲しい…との事。

下のフロアでは、1人ずつ各自で仕上げる工程が待ち受けていました。

第4章

怖い人たち

下のフロアに異動した時、私はどこか懐かしい空気を感じました。

そこは、私が最初に研修を受けた大阪工場によく似ていました。

決して、穏やかで居心地の良い場所というわけではありません。

むしろ、張りつめたような緊張感がありました。

中心にいたのは、二人のベテラン女性社員。

いわゆる「御局様」と呼ばれてもおかしくないほど存在感があり、男性社員ですら

「下フロアの○○さんには逆らえない」

と恐れていたほどです。

そのうちの一人が苦手で、上のフロアへ異動した人もいたと聞きました。

私自身も、最初は正直怖かったです(笑)

でも、しばらく働くうちに気づきました。

この現場には、ただ厳しいだけではない、独特の空気が流れていたのです。

誰もが自分の仕事に責任を持ち、手を抜かない。

困っている人がいれば自然に助け合う。

けれど、仕事に対する妥協は許さない。

「できない」で終わらせず、

「どうすればできるか」を考えることが当たり前になっていました。

私はその空気の中で働くことが、とても心地よく感じました。

どこか、大阪工場で感じたものと同じだったからです。

大阪でも、決して楽な職場ではありませんでした。

厳しい環境の中で、みんなが責任感を持ち、一生懸命に働いていました。

その真剣さが、現場全体を支えていたのです。

私たちに足りなかったもの

思えば、上のフロアでは、私たち5人も必死でした。

新人に仕事を教え、適材適所を考え、トラブルが起きれば対応し、現場を守ろうと全力で走っていました。

男性社員の間では、

「下フロアの○○さん、上フロアのタニシさん」

と並べて語られていたほどです。

それだけ、私も厳しく、責任感を持って現場に向き合っていたのでしょう。

それでも、上のフロアでは同じ空気を作ることができませんでした。

技術は教えられる。

仕組みも作れる。

人の適性を見ることもできる。

でも、それだけでは現場は回らない。

全員が同じ基準を共有し、

責任を持ち、

仕事に誇りを持つ。

そんな目には見えない空気があって、初めて現場は動き出すのだと知りました。

そして、その空気を作るには、個人の頑張りだけでは足りません。

責任を引き受ける覚悟。

それを支える立場。

長い時間をかけて築かれた信頼。

そうしたものが重なって、ようやく現場の文化になるのだと思います。

下のフロアで私は、ようやくその意味を理解しました。

現場を回していたのは、技術でも、仕組みでも、たった一人の頑張りでもなかった。

そこに流れる、目には見えない空気だった。

そして、あの頃の私たち五人には、まだその空気を作る力が足りなかったのだ。と実感しました。

まとめ


チームや、職場の空気として必要なのは、『心理的安全性』だと多くのひとが言います。

簡単に説明すると、
・話しを聞いてもらえる
・責めずに受け止めてくれる
・『心配しなくて良い、一緒に乗り越えよう』と言ってくれる
・小さな変化にも気づいてもらえる

読めば単純で簡単なことのようにも感じますが、どれも、自分に余裕が無ければ、相手にしてあげられない事だと、私は思います。

ラインやチームを立ち上げ、うまく回るように常態化するには、常にプレッシャーを伴い、余裕を持つことは難しいです。

けれど、この4項目を知り、覚え、たまに思い出すくらいなら出来るのではないでしょうか。

どんな人も『完璧』にはできない。
また、『完璧を目指す』のは、悪いことではありませんが、時には目をつぶり、信頼し、任せることが重要なのかもしれません。


働くママを応援したいタニシ11号

が、お送りしました✨

最後まで読んで下さって、ありがとうございます✨

【次回予告】

シリーズ・100人に仕事を教える派遣社員

第5章『経験値が言葉になる

です。お楽しみに🎶 See you 💕

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【シリーズ・100人に仕事を教える派遣社員③】~人は見抜かれた時に育つ~

大阪での研修中は、毎日仕事を覚えることで精一杯でした。
そんな中、週末に夫が車で遊びに来てくれたことは、とても良い気分転換になりました。
ホテルの前のコインパーキングに車を停め、二人で梅田まで出かけたのも、今では懐かしい思い出です。🤗
夫が帰る時間になって、駐車場に時間貸しの上限がなかったことに気づき、
料金を見て二人でヒヤヒヤしたのも、今となっては笑い話です。🥶💦
そんな小さなサプライズもありながら、私たちは何とか2週間の研修を終え、
いよいよ岡山で新しい現場を立ち上げることになりました。

第3章

20人の新人たち

私たち5人が大阪で研修を受けている間、
岡山では新しい作業者の採用が進んでいました。
集まったのは、およそ20人。

工程は4つに分かれており、さらに正社員の方が立ち上げるラインもあったため、
それぞれの部署に3人前後ずつ配置することになりました。

大阪で研修を受けた5人が、それぞれの工程のリーダー役となり、
新しいメンバーを指導していきます。

しかし、誰をどこに配置するのか、簡単には決められませんでした。
経験も性格もさまざまで、見た目だけでは向き不向きは分かりません。

そこで私たちは、2時間ごとにジョブローテーションを行ってもらい、
一人ひとりの様子を見ながら適性を判断することにしました。

そして翌朝、5人で集まり、それぞれの配置について話し合いました。

私が選んだ一人

まず、30代の2人が、やる気があり仕事もできそうな6人を選びました。

『やっぱり、そう来たか』

私は心の中でそう、つぶやきました。😊

けれど、私が気になっていた人は、まだ誰にも選ばれていなかったのです。
その女性は、自信なさそうで、とても大人しい人でした。
どこか「私なんて……」と言っているような雰囲気をまとっていました。

だからこそ、私は彼女に可能性を感じていたのです。

仕上げ工程は、出荷前の最終チェックを担う重要なポジションです。
スピードも必要ですが、それ以上に求められるのは慎重さでした。

少し気が弱いくらいの人の方が、確認を怠らず、丁寧に仕事をしてくれる。
私はそう考えていました。

さらに、彼女がシングルマザーであることも大きな理由でした。

家族を支える責任を背負っている人は、簡単には仕事を投げ出さない。
きっと責任感を持って、長く働いてくれるだろう。

そんな予感があったのです。

私が太鼓判を押す

彼女は私が教えることに対して、
素直に、何度も聞き返しながら仕事を覚えてくれました。

スピードは後からでも付いてくる。
そう思った私は、自信を持てない彼女に、

『私が太鼓判を押すんだから、自信持って良いょ』

と励ましながら仕事を進めていました。

ですが、彼女以外の2人が中々落ち着かず、
1週間来ては辞め、中には半日で辞めてしまう人も。

46個位だと思います❤️

派遣会社から次々に送られてくる人材は、
色々な人がいて、中には強者も(笑)

私『この箱を数えてください』

新人さん『46個位だと思います😊』

って…思うじゃ困るんだけど、と思いつつ、

私『しっかり数えてくださいね💦』

新人さん『48個でした😊』

気になった私が、もう一度数え直すと、49個でした…(笑)

もちろん、そんな人ばかりではありませんでしたが、
そんな感じの日々が続き、
気づけば納期に終われて、毎日4時間残業が当たり前でした。

期待しすぎた結果

1年が過ぎた頃、私とずっと一緒に仕上げをやっていた人が、
前工程に引っ張られ、
新しい人たちと作業をする中で、私はホトホト疲れていました。

教えても教えても、優秀な人は他の工程に取られ、
やっと40代のしっかりした人が来てくれた時、

『この人なら、任せても良いかも』

という気持ちに初めてなりました。
しかし、きっと期待しすぎて、
口調が厳しくなっていたのだと思います。

ある日突然、何も言わずに帰ってしまったのです。
同じ派遣会社だったこともあり、担当からも連絡してもらいましたが、応答無し。
心配していたのですが2日後、彼女は出社してくれました。

そして工程ごとの朝礼で、
『あなたのやり方はハラスメントです』
と突然言い出しました。
話し始めたら、もう止まりません💦

きっと2日間考えていたのでしょう。
『どうしても納得いかないので、会社を訴えます』
とまで、言わせてしまいました。

それから工場長と3人で、3時間程話し、
『結局、派遣にリーダー役を任せきりにしている会社が悪かった』
という事で、納得してくれました。

その後、男性正社員を正式なリーダーとして置き、
仕事を続けていましたが、ある工程に欠員が出るので、
そこへ移って欲しいと工場長から打診がありました。

工場長からの新たな試練

大阪時代からずっと夫婦そろって仕事をされ、定年も過ぎ、
それでも岡山に来てくれていた老夫婦が、
いよいよ大阪に帰る、というのです。

その部署では、約100通り、寸法違いまで含めると、
1000通りの機種、部品を作っていました。
それを、手順書作りから私に任せる、というのです。
老夫婦が帰ってしまうまでの3ヶ月で、習得して、誰もが作れるように手順書を作る。

…この工場長はきっと悪魔に違いない、と思いました(笑)

その工程では、生産管理からの納期予定が毎週更新されます。
同時進行で進めなければならない物もあり、
この機種には何工程あって、
時間がこの位かかるから、
この日までに材料を揃えて始めなければ…、
という事まで把握していなければならない。

老夫婦がいてくれるうちに、作業だけでは無く、段取りも教わらなくてはならない。

それでも、私を信頼して、任せてくれる工場長の期待に応えなければと、
何とか3ヶ月後には、仕組み化する事が出来ました。

13年後の答え合わせ

その頃ちょうど、私が元いた仕上げ工程が、
上手く回っていない、という話しを
チームリーダーから聞きました。

新リーダーになり、やり方を変えてしまった為に起きた結果なのですが、
メンバーは私の顔を見るたびに、

『出来な~い💦』と困り顔。

『どうしたらできるかを、まず考えて』

とアドバイスをすることしか出来ずにいました。

結局、私が最初に教えた人を仕上げに戻し、メンバーも一新することで、
上手く回るようになったようです。

やはり、私の目に狂いはなかった。

それから彼女は、13年経った今でも、
正社員としてこの会社で頑張っているのです。

【次回予告】

【シリーズ・100人に仕事を教える派遣社員】

第4章

現場を回すのは空気だった

です。お楽しみに🎵

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