【シリーズ・100人に仕事を教える派遣社員②】~適材適所の旅立ち~

100人に仕事を教える派遣社員。女性5人の『適材適所の旅立ち』をイメージする画像

第2章

私が大阪で研修を受ける会社は、インクリボンカセットのリサイクルを担う仕事でした。
銀行のATMに入っている部品です。
お客様は全国の銀行。
それだけでも、身の引き締まる思いでした。

旅立つ前の予習

大阪へ研修に行ける人が決まり、当初予定していた20名には程遠い、5名でのスタートとなりました。

メンバーは、
・子どものいない50代の女性
・独身の30代女性
・その高校時代の同級生で、シングルマザーの30代女性
・私が前の職場で口説き落とした19歳の女性
そして、当時42歳の私

という、年齢も家庭環境もさまざまな5人でした。

大阪へ向かう前の1週間、私たちはまだ改装中の岡山の工場で予習を行います。

そこでチームリーダーは、一人ひとりの性格や適性を見ながら、役割を決めていきました。

50代の女性
返却された製品のケースを清掃する仕事。リサイクルのスタート地点となる工程でした。

独身の30代女性と19歳の女性
新しい中身を準備する工程。重労働で、ミスが許されない重要な仕事でした。

シングルマザーの30代女性
インクの付いた布をつなぎ、端切れを残さずカットする繊細な作業。目の良さと器用さが求められる難しい工程で、彼女にぴったりでした。


完成した製品にガイドを取り付け、梱包する「仕上げ」と呼ばれる工程。出荷前の最終チェックを担う仕事でした。

こうして、それぞれに持ち場が決まりました。

今振り返ると、この時すでに私は、

「人には、それぞれ向いている仕事がある」

ということを、目の前で学んでいたのだと思います。

いざ大阪へ

高速バスと電車を乗り継ぎ、たどりついたビジネスホテル。
1人1部屋という贅沢に浮足立った私たち(笑)

晩御飯を兼ねての居酒屋で、チームリーダーと色んな話しをする中、
『岡山に移住できる人は限られていて、他のほとんどの人が失職する』
という事を聞いた時、私も派遣切りを経験した一人として、複雑な気持ちになりました。

翌朝、ホテルから歩いて20分の大阪工場へ。

確かに建物が古く、老朽化が進んでいました。
天井も低く、窓も少ないため薄暗い中、大勢の先輩が所狭しと働いています。

聞けば、派遣会社の請負だとのこと。
全員が責任感を持って、一生懸命作業されていました。

私たちは、割り当てられた各工程にお世話になりながら、仕事を教えてもらいました。

緊急ミーティング

初日ということもあり、私たちは定時で上がらせて頂き、
ホテルへの帰り道で感想を報告しあいました。

その中で、どうしても気になる事があり、部屋に戻ってすぐ、派遣会社の担当に電話をかけました。

『うちの派遣社員ではないけれど、50代の人が一人いて、その人が教えてくれている人の事を《おばちゃん》と呼んだこと。それが気になるので、急だけど、これからミーティングを開きたい』と、伝えました。

所属する会社が違うので、余計なお世話かもしれないけど、この5人でやっていく以上、今話しておかないと、この先が心配だと正直に伝えました。

担当者はすぐに、その派遣会社に連絡をしてくれて、
『相手方からも、よろしくお願いします、と許可を頂きました。』
との折り返しがあり、夜8時からロビーでの緊急ミーティングとなりました。

まずは急な呼び出しを謝罪し、初日の感想や、今後の見通しを一人ずつ聞くことにしました。

『大変な仕事で先が思いやられる』
『でも、今日はこんな事ができた』
色々な意見が聞けて良かった。と思ったのもつかの間。

50代の女性が、またもや《おばちゃん》発言をしたのです。

本人も悪気は無かったとは思いますが、
今しかない、と私は覚悟を決め、静かに話し始めました。

『まずは、相手の名前を覚えて、名前で呼ぶこと』
『仕事の先輩として、相手を尊重すること』
『自分は仕事を失うという状況の中、私たちに仕事を教えてくれること』
『責任感をもって学び、感謝を忘れないようにしよう』

…という話しをしました。


その後、全員が納得してくれて、
『そうだね!頑張ろう!』
と言ってくれた事が嬉しかった。

この場を設けて良かった。
同じ目的に向かって進む、一つのチームになったのだ
と感じた初日の出来事でした。


〘次回予告〙

【シリーズ・100人に仕事を教える派遣社員】
~第3章~

人は見抜かれた時に育つ

です。 お楽しみに🎵

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【シリーズ・100人に仕事を教える派遣社員①】~42歳の挑戦~

100人に仕事を教えた派遣社員。42歳の挑戦、のイメージ画像

当時の私は、42歳。
派遣社員として働いていた私が、
気付けば100人以上に仕事を教えることになりました。

役職もなければ、特別な資格があったわけでもありません。

きっかけは、派遣会社の担当者からの一本の電話でした。

第1章

神奈川から岡山へ

私は、神奈川県で生まれ育ち、
32歳の時に、ダンナ様の出身地である
岡山に移り住んできました。

それまでは、デパートで洋菓子販売、
ブライダルフェアで引き出物を紹介する仕事など、
わりと華やかな仕事をしていましたが、
岡山に転居してからは、製造業に転身することとなりました。

とりあえず、すぐに働ける派遣社員として製造業に従事し、
『ものづくり』の楽しさに、夢中で働いていました。

特攻隊長と呼ばれて

気付けばその派遣会社では、すでに8年が経ち、
延べ15社ほどの現場で働いていたのです。

派遣会社の担当者とも長い付き合いで、
家庭の事情をよく理解してくれていました。

その一方で、新規開拓したばかりの大変な現場には、
なぜかよく私が送り込まれていました(笑)

冗談半分で、
『うちの特攻隊長』と紹介されたこともあったぐらいです。

一本の電話

ある日、その担当者から一本の電話がありました。
『大阪に2週間の研修に行ける人を20人ほど探してるんだけど、
誰か行けそうな人知らない?あなたはお子さんがいるからダメだよ。
僕がダンナさんに怒られちゃう。』

という内容でした。

よくよく話しを聞いてみると、
大阪の工場が古くて、耐震条件に引っかかるから、
岡山の親会社の工場に移転する、ということでした。

『大阪? 2週間? ホテル暮らし? 良いなぁ、私が行きたいわ』

でも、我が家には夫と、小学4年生の息子がいます。
とても行ける状況ではありませんでした。

『一応、友達に聞いてみる』ということで、電話を切りました。

早速友達に電話をかけまくるのですが、一人も集まらない。
他の仕事だったり、家庭の事情など、確かに厳しい条件でした。

そんな私の姿を見ていた夫に、状況を説明していると、

『行きたいんじゃない?行ってくれば?』

と言う、ダンナ様。

『ええっ? 良いの? 大丈夫??』

と、逆にうろたえる私…(笑)

そのあと、息子にもOKをもらい、
派遣会社の担当者に電話で報告することに…。

『ダンナが行ってくれば?って言ってくれてるので私が行きます!!』

今度は担当者がうろたえる番でした。

『ホントに? 大丈夫? 助かる…けど、本当に大丈夫??』

…という感じで、大阪行きが決まったのでした。


【次回予告】

【シリーズ・100人に仕事を教える派遣社員】
~第2章

適材適所の旅立ち

です。お楽しみに🎵

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