当時の私は、42歳。
派遣社員として働いていた私が、
気付けば100人以上に仕事を教えることになりました。
役職もなければ、特別な資格があったわけでもありません。
きっかけは、派遣会社の担当者からの一本の電話でした。
第1章
神奈川から岡山へ
私は、神奈川県で生まれ育ち、
32歳の時に、ダンナ様の出身地である
岡山に移り住んできました。
それまでは、デパートで洋菓子販売、
ブライダルフェアで引き出物を紹介する仕事など、
わりと華やかな仕事をしていましたが、
岡山に転居してからは、製造業に転身することとなりました。
とりあえず、すぐに働ける派遣社員として製造業に従事し、
『ものづくり』の楽しさに、夢中で働いていました。
特攻隊長と呼ばれて
気付けばその派遣会社では、すでに8年が経ち、
延べ15社ほどの現場で働いていたのです。
派遣会社の担当者とも長い付き合いで、
家庭の事情をよく理解してくれていました。
その一方で、新規開拓したばかりの大変な現場には、
なぜかよく私が送り込まれていました(笑)
冗談半分で、
『うちの特攻隊長』と紹介されたこともあったぐらいです。
一本の電話
ある日、その担当者から一本の電話がありました。
『大阪に2週間の研修に行ける人を20人ほど探してるんだけど、
誰か行けそうな人知らない?あなたはお子さんがいるからダメだよ。
僕がダンナさんに怒られちゃう。』
という内容でした。
よくよく話しを聞いてみると、
大阪の工場が古くて、耐震条件に引っかかるから、
岡山の親会社の工場に移転する、ということでした。
『大阪? 2週間? ホテル暮らし? 良いなぁ、私が行きたいわ』
でも、我が家には夫と、小学4年生の息子がいます。
とても行ける状況ではありませんでした。
『一応、友達に聞いてみる』ということで、電話を切りました。
早速友達に電話をかけまくるのですが、一人も集まらない。
他の仕事だったり、家庭の事情など、確かに厳しい条件でした。
そんな私の姿を見ていた夫に、状況を説明していると、
『行きたいんじゃない?行ってくれば?』
と言う、ダンナ様。
『ええっ? 良いの? 大丈夫??』
と、逆にうろたえる私…(笑)
そのあと、息子にもOKをもらい、
派遣会社の担当者に電話で報告することに…。
『ダンナが行ってくれば?って言ってくれてるので私が行きます!!』
今度は担当者がうろたえる番でした。
『ホントに? 大丈夫? 助かる…けど、本当に大丈夫??』
…という感じで、大阪行きが決まったのでした。
【次回予告】
【シリーズ・100人に仕事を教える派遣社員】
~第2章~
『適材適所の旅立ち』
です。お楽しみに🎵

がお送りしました💕 See You (●’◡’●)🐚
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