この記事は、私が若い頃に立ち上げた、育児サークル『PMJ倶楽部』の記録です。
あれから、時代は変わりました。でも、子供たちの未来を思う気持ちは、今も同じです。
誰かの、何かの、きっかけになってくれたら、嬉しいです。
この先は、私が実際にした経験をもとに、感じたこと、思ったことを書いています。
読んでいて、辛くなってしまう方がいたら、ごめんなさいm(__)m
途中で離脱してくださいね。
『第2話 理解されない子供と勘違いする大人』
【サークルの子供たちを見ていて感じたこと~自我の芽生え】
子供たち(およそ1歳~)はオモチャの奪い合いを必ずする。
それは、本能として備わっているのだろうか?
動物の優位争いに似ていると感じた。
大して興味の無いオモチャでも、その子に力を見せつけるかのように奪う。
泣いたら負けだ。
そのやりとりで『力関係』が決まる。
群れをつくる動物が、ボスを決めるように。
その時に、大人は手出しをせず見守ることが大切だと感じた。
へたに叱ろうものなら、その子は親の見えない所で、隠れて弱い子をいじめるようになってしまう。
決着がついたら、そこで初めて、両者の親が弱者をいたわる様子をみせる。
(決着とは、片方が泣いたり、逃げた時)
そうすることで、親を取られたような気がするのか、泣き出す強者もいれば、一緒に弱者をいたわる強者もいる。
このやり取りを何度も見ているうちに、
私は「親の役目」が少しずつ分かってきた。
【親の役目】
バトルが始まった時に大事なのは、このルール。
・武器を持たせない事。
・必ず、大人が子供を見守っている事。
・そして、途中で親が止めに入らない事。
・決着がついたら、弱者をいたわる事。
・弱者をいたわる時に、強者を悪者にしない事。
これを徹底していると、自然と仲良く遊びだすから不思議だ。
強者は弱者をかばい、弱者は強者を敬い、後を追う。
言っておかなければならないが、この話しは安易な差別ではなく、
千差万別な人間同士、どうしても避けられない力の差がある。
それをどう上手く、仲よく生きていこうかと、世に出たばかりの人間が学んでいる現実だ。
世の中の仕組みを子供が体現しているのだと思う。
なるべくこの体験を、ちからが弱いうちに経験させないと、後でとんでもないことになる。
遊びを知らずに大人になった者が、いい年をして遊びに狂ってしまうのと同じだ。
第二次反抗期や、大人になってから親に手を挙げてみたり、暴力事件を起こしたり。
その頃にはもう、親は『ちから』では子供に敵わない。
だから小さく、力の弱いうちに、ちから加減を教える。また、他者をいたわる事を教える。
【叩かれたら痛い】
【髪を引っ張られると、こんなに痛い】
痛い思いを体感することで、学んでいく。
【勘違いする大人たち】
このことを勘違いしている大人がいる。
『子供が言っても聞かないから、痛い思いをさせて教えているのだ』 と。
躾と称して、大人が子供に手を挙げるのは、ただの『弱い者いじめ』でしかない。
自分が、【言葉や行動で上手に教育できない】ことを棚に上げて、正当化しているだけだ。
子供は大人の言葉を理解している。
行動を逐一見ている。
子は親の鏡である。
力が明らかに違う者同士では学習にならない。
恐怖を覚えて終わりだ。
【強迫観念の植え付け】
私が小さい頃、『10数えるうちにやれよ…1,2,3…』と、よく言われていた。
初めのうちは、10になったら何が起きるのかと、恐怖でしかなく、泣きながら従っていた。
だが、小学校高学年にもなれば、『大したことは起きない』と学習をする。
心の中で『はいはい、今日もこれね』と思っていた。(笑)
驚いたのが、長男に自我が芽生えたころ、夫が同じ事を言い出した。
『は?そんな𠮟り方止めてくれる?脅迫してるだけだから。
強迫観念植え付けてるだけだよ』と諭した覚えがある。
私を実家から救い出してくれた人なだけに、すぐに理解してくれて、
そのあと、二度と言わなかったのが救いだった。
【褒められたい子供】
私も例外なく、褒められたい子供だった。
しかし、現実は厳しい。
近所で一人暮らしをしていた兄が、酔っぱらってコタツで寝てしまい、足をやけどした話しを聞いた。
その2日後、夜中にトイレで起きた私は、母と姉がコタツで寝てしまっていたので、
『やけどしてはいけない』と思ってスイッチを切って、又寝た。
翌朝、起きたら『寒くて起きたわ、風引かせる気?』と、叱られた。
また、ある日はこんな事があった。
幼稚園の遠足の写真を『一緒に写ってるから』と、友達のお母さんがくれた。
母は、焼き増ししてくれたお礼にと、100円を遊びに行く私に持たせ、渡すように言った。
でも、友達のお母さんはどうしても受け取ってくれない。
困っているところに、いつも車で野菜や果物を売りに来るおじさんが来た。
『そうだ!さっきのお金で、みんなにみかんを買ってあげよう。そうすれば、友達も喜ぶし、お金も無駄にならなくて済む』
と考えた私は、渡すはずだった友達の家に行き、『このお金で、みんなにみかんを買っても良いか』と聞いてみた。
快くOKしてくれたので、みんなでみかんを食べた。
おじさんも、笑顔で100円では買えないほどの、みかんをくれた。
ここまでは楽しかった思い出なのだが、次の日、幼稚園の送迎バスを待っている間、その話題でもちきりになった。
『この子は神童かもしれない』『天才なのかも』と他の親に褒められ、浮かれていた。
しかし、幼稚園から帰ったとき、母に『人にあげたお金を勝手に使うとは何事か。恥ずかしい』と叱られた。
半世紀が過ぎた今も、はっきり私の中に残っている、ということは、かなりショックだったのだと思う。
【ヤンママ・ブーム到来】
ヤンママサークルがメディアに取り上げられ、『PMJ 倶楽部』代表として、私もテレビなどに出ていた頃、
酔っぱらっていた兄に『恥ずかしくて妹だなんて言えない』と言われたことがある。
酔っぱらっていたとしても、ショックだった。
いや、酔っぱらってる時の方が本音なんだろう、とさえ思った。
『人のためになろう』と、いくら努力しても、家族は理解してくれなかった。
その数年後、私は遠くの地に子供とともに引っ越した。
さらに数年後、母が亡くなり初めて帰省したとき、兄は、葬儀では見せなかった涙を流して謝ってくれた。
『あのときはゴメンな』と。
それだけが救いだったし、私も『今の夫と幸せに暮らしているから、もう大丈夫だよ』と返した。
しかし、実家を離れる時、私はひどく疲れていた。
それは、兄ではなく、姉が原因だった。
この1年後、姉とのメールのやりとりが原因で、私は兄弟と縁を切る決心をする。
その話は、次の記事で。
【次回予告】
第3話『私がいじめられた経験から得たもの』
に続きます。
お楽しみに🎵 See You (^-^)

が、お送りしました。
最後まで読んでくださってありがとうございます✨

